エフトイズ製の1/144ゼロ戦(二一型、第752航空隊所属)を作りながらザクを想う
二一型零式艦上戦闘機 第七五二航空隊所属機
本機は、神武天皇が即位した紀元である皇紀2600年(1940年)に正式採用されたことから、零式艦上戦闘機、通称〝ゼロ戦″と命名された。連合軍からは日本軍の脅威の象徴としてZeke(ジーク)、あるいはZero Fighterのコードネームで呼ばれていた。ゼロ戦は、後継機である烈風の開発が遅れたため、様々な改修を受けながら終戦まで使用された。戦争末期には連合軍の新型機を相手に苦戦を強いられるも、岩本徹三のような古参エースパイロットの搭乗機として活躍した。
海軍第七五二航空隊は、1941年4月に第一航空隊として開隊した陸上攻撃隊であり、フィリピン侵攻、マーシャル諸島空戦、硫黄島攻防戦などを戦い抜いた。1945年8月15日に米空母ヨークタウンへの特攻を遂行して終戦を迎えている。
ミリタリーに詳しくないひとでも、だいたいの日本人ならゼロ戦と大和を知っています。なぜそれほどメジャーな存在なのか。
「戦争の記録映像や番組にたびたび登場するから」
「名前の響きが覚えやすいから」
などなど、その理由はひとつではないでしょう。
ゼロ戦は、耐久性を犠牲にしながらも、信じられないほどの航続距離と機動力を有し、ドッグファイトから爆撃までこなすマルチロール機でした。1940年の中国戦線――重慶上空において、ゼロ戦13機v.s.国民党軍の精鋭機33機の戦いでは、国民党軍に7割以上の損害を出す圧勝で初陣を飾っています(ゼロ戦の被撃墜なし)。その後も、ゼロ戦はワイルドキャットやスピットファイアMk.Ⅴを圧倒し、さらにメッサーシュミットBf109やフォッケウルフFw190と互角だったエアラコブラに対しても、優位を誇りました。ゼロ戦は、第二次世界大戦中期までまぎれもなく世界最強の戦闘機だったのです。
ところが、アリューシャン列島で鹵獲されて以降、敵国に機体特性を解析されてしまいました。より強い新型機に苦闘していくゼロ戦の姿は、幕末の武士たちの儚さを感じさせます。それが日本人の心の琴線に触れ、戦争の悲哀を伝える象徴になったのでしょう。
今回は、そんなゼロ戦です。
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使用キットは、『エフトイズ製1/144 零戦 THE BEST』です。
彩色済の食玩ですが、F-14トムキャットの出来があまりに素晴らしかったので、思わず手に取ってしまいました。
サクッと作りたかったのと、既に彩色済みだったので、ランナーから切り離す前にスミ入れから始めてみました。
上面と底面です。
1/144サイズで この細かいディテールが素晴らしいです。
ゼロ戦にはシンプルな機能美と造形美があると思います。
一切のぜい肉を削ぎ落とし、ただ戦うためだけに洗練されたフォルム。
そのドラマ性と相まって、今もなお高い人気を誇り続けているのでしょう。
ゼロ戦は、迫りくる連合軍の新型機に対抗すべく、エンジンの換装や機銃の追加など複数回の改修を受けています。この機体は二一型と呼ばれる機体で、真珠湾攻撃の際にも使用されました。アリューシャン列島で米軍に鹵獲されてしまったのも、この二一型です。
ちなみに、この型番号はエンジンの換装回数と機体自体の改修回数を現した符号であり、「にじゅういち」ではなく「に、いち」と呼びます。
最初期が一一型で、次が二一型。その後も様々ありますが、代表的なのは三二型でしょう。
三二型は翼を大幅にカットし、速力アップと製造工程の簡略化を果たしました。ところが、機動性、火力などその他のすべての性能が落ちてしまったそうです。このため、三二型はガダルカナルなどの南方戦線に投入されたものの、搭乗員たちからの不評を買ってすぐに再改修を受けています。こういう、「改造したけどかえってよくなかった」というエピソードは今のエンタメ作品に足りない部分ですね。
もっとも完成型とされているのが、「二二型改」と呼ばれていた、翼の先端を丸くした重戦寄りの五二型です。大戦中に6000機も作られたといいますから、よほど信頼性も高かったのでしょう。
ザクで例えるなら、
九六式艦上戦闘機:MS-05 ザクⅠ(旧ザク)
十二試艦上戦闘機:MS-06A 先行量産型ザクⅡ
一一型:MS-06C 初期生産型ザクⅡ
二一型:MS-06F
三二型:該当なし。強いて言えば飛行テストグフのエピソードが近い
五二型:MS-06F2
六四型:MS-06FZ
(そうなると、紫電改はドム、陸軍の五式がゲルググかな)
といったところでしょうか。厳密には、MS-06FはC型ザクから核防御装備をオミットしただけの機体ですから、ゼロ戦の一一型から二一型に進化させたほどの変遷ではないかもしれません。製造機体数からすれば、五二型をF型にするべきかもしれませんね。
MSVを担当されたストリームベースの小田さんは、著作『ガンダムデイズ』にて、
「優秀なマルチロール機は様々な派生機を生む土壌になる一方で、次世代機にバトンタッチするタイミングを逃してしまう宿命を抱いている」
と語っています。こうした基礎教養を有したミリタリーマニア=模型マニアの小田さんにとって、ザクの設定は、ゼロ戦やメッサーシュミット、フォッケウルフ、スピットファイアといった名機たちとオーバーラップする部分がありました。ゼロ戦に水上型があるように、ザクにも局地戦機が存在するのは、こうした経緯があります。もっとも、砂漠戦用や砲撃仕様機などは、小田さんが設定する前に大河原先生が『アニメグラフ』というムック本に掲載したのが初出です。小田さんは、それらを〝もっともらしく″後付け設定する作業をされたのです。
他にも、終戦に間に合わなかった日本軍機として有名な烈風などは、小田さん曰くMS-17ガルバルディだそうです。
関係ありませんが、「ゴジラ-1.0」では、あの”高高度迎撃用の局地戦闘機”が登場しましたが、五式か烈風にするべきだったのではと思います。そもそもあのエンテ型飛行機は、脱出の時にプロペラに巻き込まれてしまいます。
さて、ゼロ戦に話を戻しましょう。
これはオマケ。
ペットボトルのフタを型にして、透明レジンで回転中のプロペラを作ってみました。
こうして撮影すると、飛んでるように……見えないかなあ。
それにしても、第二次大戦中は機影で敵機を識別するしかなかったはずです。
よくわかるもんだな、と思いながらwikipediaを眺めていたら、三二型ゼロ戦は連合軍からZekeではなくHumpという別のコードネームで呼ばれていたそうです。それくらい翼の形が違ったんですね。
ゼロ戦のwikiは読んでいて飽きないです。ガンダム好きであれば、今のガンダム世界の設定の基礎教養として一読してみてはいかがでしょうか。







